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特定非営利活動法人(NPO)ふくしま飛行協会 週間ジャーナル
ぺんぺん草通信 第452号
                             2011/10/21
                             編集責任者 斎藤喜章
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【までい(2)】

 「住民の心が、町の顔」という街づくりが「までい」な村づくりである。
このことは前回の報告で概ね報告した。

 しかし・・・

「美しい村に放射能が降った」(ワニブックス:菅野)と現村長・菅野典雄氏
が表現したように、一部の施設を残し村民が一斉に避難する事態に陥った。
いわゆる計画的避難区域である。

 それから随分時が経つ。

 村から避難された方々と、ふくしまスカイパークのWing・Caffで食事をし
ながら話を伺うことができた。

 日に焼けた笑顔じわの年配者が言う「家族7人ですんでた。今は3家族に
分断さっちゃ。死ぬまで村に戻れぺか(戻れるだろうか)、もどれっぺかなぁ
・・・」「いつもお盆に戻ってくる従姉妹が、今年は戻らないと電話してきた。
なんでだ!?と、喧嘩をしてしまった。これも放射能のせいだベ。」と中年
女性が怒りを抑えるように涙ぐむ。

「俺は、避難先の会津からここに来た。カネが欲しい訳ではネエ、村の
仲間にあいて(会いたい)かったからダ」。「・・・シゴド(仕事)してっど、
せずね(辛さ)のわすれ(忘れる)ぺしたナイ。」と姉のような女性が言う。

 筆者、「んだない」「んだ、んだ」とうなずきながら話を伺い進行をしている
のだが、どうにも声が詰まる。
頭の中では冷静になろうとしている自分がいる。だが、声を出そうとする
と目頭が熱くなる。

 前職時代10年間、通いに通った飯舘村、皆が話す建物も地名も理解で
きる。しかし、地理がわかっても・・・
ここに住む人々の「までい」な心の本質的な部分を苦しめている事への
怒りや切ない声は、理論理屈や体裁だけでは分からない。
いな、この声は飯舘村だけの話ではない、いまや「フクシマ」の声なの
である。

 しかし、薄れつつ、忘れ去れつつ、差別され、泣き寝入りの福島であって
はならないのである。

 福島の声なき声を発信しなければならない。

 11月11日から開催される「ふくしま会議」の表紙の散文をご紹介しよう。

 3月11日のからあの日から 幾つもの 
小さなふくしま会議が始まっていた。 

 むきだしの悲惨や 途方もない絶望の中で 福島で、
また福島の外で 苦しみながらも 希望を胸に ちいさな会議をしていた。 

 ふくしま会議をしよう・・・

 いつしかそれが合言葉になって たくさんのふくしま会議が手を携え
2011年11月11日 〈ふくしま会議2011〉開催。

 

               世界一安全安心の美しいふくしまを目指そう!!

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【スカイパーク情報】 
・電話連絡 024-558-6880(スカイパーク) です。
*ふくしまスカイパークのHPを随時更新しております。ご参照ください。
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【活動報告】
9/28 ふくしま会議運営委員会
10/1 プレ「ふくしま会議」(福島県復興ビジョンを語る)
10/8-10/10 「夢ふくらまそう!ふくしまの空」(ふくしま会議プレイベント)
・第2回全日本曲技飛行競技会
前半戦終了 6,000名(3日間)ご来場 感謝します!
10/15-10/16 「夢ふくらまそう!ふくしまの空」(ふくしま会議プレイベント)
・がんばっぺ!ふくしまの空(りんご祭)
後半戦 5500名(2日間) ご来場 感謝します!!

 

【活動予定】
10/24   定期会計監査              
11/11-13 ふくしま会議(ふくしま大学)



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NPOふくしま飛行協会 斎藤喜章